お笑いコンビ「千原兄弟」の弟でテレビでは司会などもこなす千原ジュニアさん。
若い頃はバイクで事故を起こしてしまったり、破天荒だったようです。
千原ジュニアさんの若い頃について調べてみました。
目次
千原ジュニアの若い頃(事故前)の顔がこちら!韓国人みたいで怖すぎ…【画像あり】
千原ジュニアさんは1974年3月30日に京都府福知山市で生まれています。
千原ジュニアさんは目がつり上がっているせいで、一見怒って見えるところと細くて少し目の間が離れているので日本人離れしてみえるのでしょう。
千原ジュニアは本当に韓国人なのか?
千原ジュニアさんは兄せいじさんのほかに妹さんがいる5人家族です。
父の千原肇さんは一級建築士だそうで、福知山で「旭一級設計」という設計事務所を営んでいます。
お母さんはテレビに出たこともあるようで、ボーリングが上手だそうです。
千原兄弟が韓国人だということはなさそうです。
若い頃引きこもってたって本当なの?
千原ジュニアさんは小中学校の頃は今では考えられないほど人見知りで、引きこもりだったそうです。
そんなジュニアは、自身の幼少期を「ちょっとゆがんでました」と振り返る。
小学6年生の時の“あること”がきっかけで、地元で有名な私立中学を受験することを決意。
当時、母親もびっくりしたという一大決意だったが、見事合格。
ところが、その後目標を見失い14歳で引きこもりになったという
地元の中学があまり評判がよくなく、受験して私立中学に進学しますが、そこでうまく適応できなかったようです。
引きこもりになった理由や抜け出したきっかけが知りたい!
合格した中高一貫の私立中学で友達ができず、だんだん休みがちに。
そのまま14歳からの引きこもり生活が300日ほど続いたという。
窮地を救ったのが、せいじから誘われたお笑いの道だった。
兄のせいじさんが心配になり、いつも弟の面倒をみていたようで、そして兄と一緒にお笑いの道に進むことで引きこもりは解消されたそうです。
2015年に一般女性と結婚。
17年12月中旬に第1子の長男が誕生したジュニアだが、
「子供は関係ないんですけど、奥さんが隣(の部屋)で爪切ってたんですけど。
俺、物音とかですぐ起きるんですよ。
人が寝てるのに爪切るのやめてくれ言うたら、なんて小さい男なんだと。
そんなことで起きるなって。
今から子供産まれてきたらどないすんねんて言われたんですよ」
引きこもりは脱却できましたが、もともと千原ジュニアさんはとても感受性が強いようです。
繊細で神経質な方のようです。
千原ジュニアの事故の詳細について見てみよう!
千原ジュニアさんは2001年3月26日にバイクで大事故を起こしてしまいます。
「バイクに乗ってたら、停まってた車が動き出したんですよ」と語り、「よけようと思って石柱に顔面からいった」と明かした。
帰宅途中にバイクを傷つけないようにとハンドルを切って、それが自分の体を痛めつけてしまう結果になってしまいます。
2001年、バイク事故で眼球がとび出る大惨事を起こす
顔面を石柱に激突させるほどの大事故だったので、損傷は相当のものだったそうです。
鼻が「グシャ」っと曲がります。
あごは真っ二つに割れ、左頬と前頭骨を骨折、おでこの神経は切断。
さらには、眼球の受け皿である眼窩低と内壁を骨折したことにより、眼球がだらんと下がっていたという。
とてもそのときのお顔を見たいとは思いませんが、生命があってよかったです。
入院後は、意識不明のままICU(集中治療室)で1週間程度生活。
回復後、マネージャーから「2年間は治療に専念しましょう」と言われたため、「2年?長すぎるやろ?」と思っていたが、手鏡で自分の顔を初めて見たときに「これ、2年でも足りんやろ」と驚いたという。
瀕死の重傷というほどの大事故ですが、現在普通に芸能生活を続けられて本当によかったです。
兄・せいじ、ホステスを連れて病院に駆けつけるも大爆笑
大事故があったときに人生の救世主でもある兄のせいじさんはお酒を飲んでいたそうです。
事故当時、飲んでいた兄・せいじは、酔っ払ったままホステス連れで病院へ。
集中治療室(ICU)のジュニアと対面した際、せいじが笑っていたことも記憶していた。
せいじは「(顔)パンパンやねん。肩幅くらいはれてたから」と残酷な告白。
医師から「(命は)大丈夫です」と言われた瞬間、「神様が『お前らはお笑い界に必要やから』とジュニアを残してくれた、とうれしかった。
生き残った瞬間、(オレたち)売れるの決定した、と思った」と今と変わらぬ楽観思考を明かした。
ホステスさんと一緒に病院に来るというのも信じられませんが、お笑い芸人ですし、仲の良い兄弟だからこそ言える毒舌なのかもしれません。
ホステスというと弟のジュニアさんも若い頃はお世話になったらしく、
「俺も若いときホステスさんにずっと面倒みてもらってたんですよ。
ある日、彼女が嬉しいことがあって、店で古今東西(ゲーム)で『よしもと芸人の名前』のテーマでお客さんが『千原兄弟』って言った、と。
世間でもちょっと知られるようになって、自分も給料で自分で生活できるぐらいになって、喧嘩して別れた」
とジュニアさんはホステスさんのところに転がり込んでいたそうです。
当時ジュニアは生活のためアルバイトをしていたが、彼女は「バイトやりたくなかったらやらなくていい。そんな時間があったら(漫才の)ネタを作ったらいい」と話して、まさにパトロンのように面倒を見てくれていた。
と兄弟そろってこういうところも似たものかもしれません。
形成手術を受けて事故から136日後、トークライブで見事現場復帰!
今ではテレビにも出演しているほど回復している千原ジュニアさん。
俳優さんやモデルさんではないので、そこまで顔が命というほどではないのかもしれませんが、形成手術は大変だったそうです。
「形成手術をしてもらった」と回答。
だが、「最後の目の大きさは全然違うんで、最後の微調整を高須克弥先生にやってもらったんですよ」と話した。
と普通の形成手術では治らなかったところを権威ある高須先生に施術してもらったそうです。
「ほんと一重で、もっと目が吊り上がった目だった」
「ほんと、高須先生のおかげです」と感謝を述べ、「イエス……」と一言。
兄のせいじも「イエスやな……」
と芸人コンビらしく、笑いに変えています。
事故直後の顔が痛々しすぎると話題…
これまで紹介してきたように瀕死の大事故であり、とても大変な事故だったので、当時のお顔をお見せすることもないとは思いますが、
とても痛々しい感じがします。
喉の傷は気管切開時のものらしい
事故から復活され、ライブやテレビで活躍していますが、喉のところにはまだ傷が残っています。
その傷は気管切開をしたときのものだそうです。
入院中は全身に管が通されている状態だったそうですから、きれいにはとれないのかもしれません。
千原ジュニアさんは少年時代は引きこもりだったこと、そしてバイクでの大事故のことを中心に紹介しました。
お笑い、司会、そして今では月9ドラマ『トレース~科捜研の男~』にも出演する千原ジュニアさん。ほんとうにお元気でよかったです。