今回は歌手で女優・辺見マリさんの若い頃についてみていきましょう。
辺見マリさんの若い頃が可愛いという情報や、現在と若い頃を比較してたいと思います。
辺見マリの若い頃について
辺見マリさんといえば、タレントの辺見エミリさんの母として知られていますよね。
もともとは歌手としてデビューしており、音楽に関する賞で新人賞を総なめにしたりと実力派シンガーです。
1970年代にセクシー歌手として男性を中心に人気を集め、その一方、女優やタレントとしても活躍していますね。
最近ではバラエティ番組「しくじり先生」で13年間洗脳されていたことを暴露し、話題になったばかりですね。
そんな辺見マリさんの若い頃を振り返っていきましょう。
辺見マリの若い頃の画像
辺見マリさんは父親がスペイン系アメリカ人、母親が日本人のハーフです。
なので、娘の辺見えみりさんはクオーターということになりますね。
外見はハーフですが、中身は生粋の日本人な辺見マリさん。
若い頃の画像を見てみると、本当に綺麗ですよね・・・!
これはブレイクするのも納得です。
辺見マリの若い頃の活躍
辺見マリさんは1969年、シングル『ダニエル・モナムール』で歌手デビューします。
1970年に発売したシングル『経験』が大ヒットし、レコード大賞・歌謡大賞・有線大賞の新人賞を総なめにします。
この曲がきっかけで一躍人気歌手の階段を駆け上がることになります。
この歌は「やめてぇ」というため息混じりの歌詞が入っており、その色っぽさに男性ファンが虜にされました。
同年、芸能界で大きく活躍した芸能人に送られる『ゴールデンアロー賞』グラフ賞を受賞しています。
その後も『私生活』『めまい』『太陽に走る女』『愛のカフェテラス』『サンドラの恋』とヒット曲を立て続けに発売します。
そんな人気絶頂の1971年、西郷輝彦さんとの結婚をきっかけに芸能界を引退します。
その後1980年に芸能界に復帰し、『ルネッサンス』『燃えて刹那(LOVE IS HOT MOMENT)』など数多くの曲を発表しています。
復帰後は歌手のみならず、女優としても活躍し、ドラマ『私たちの家族』『陽気な逃亡』などに出演しました。
映画『この子の七つのお祝いに』、舞台『人生まわり舞台』に出演し、着実に女優として知名度を高めていきます。
2006年に出演したミュージカル『Annie』のミス・ハニガン役は、とても高い評価を受けています。
そして、自身初となる写真集『INFINITO(インフィニート)』は、写真家・谷口征さん撮影の元ヨーロッパのイベリア半島でヌードとなり、当時大きな話題となりました。
辺見マリさんは前述したように人気絶頂の1972年に西郷輝彦さんと結婚し、芸能界を一度引退します。
お子さんを出産しますが1981年には離婚し、芸能界に復帰しています。
その後、38歳頃から金銭トラブルによる騒動に巻き込まれたり、熟女ヌード写真集の発売で話題となっています。
この金銭トラブルは「拝み屋」が原因だったようで、言われるままにお金を払い、写真集の収入も全て渡してしまったそうです。
約13年マインドコントロールされていたそうですから、怖いですよね・・・
辺見マリの現在と若い頃を比較
辺見マリさんの若い頃はとっても可愛くてセクシーだということがわかりましたよね。
辺見マリさんは父がスペイン系アメリカ人なのでハーフで間違いないのですが、2歳の時から日本に住んでいるので中身は生粋の日本人ということですね。
そんな辺見マリさんは現在もとても美しいですよね。
現在レギュラー出演している番組はないですが、たびたびバラエティ番組には出演しています。
70歳をむかえる年には到底見えないですよね。いろいろな苦労を乗り越え、ますます輝いていてほしいですね!