平野レミは若い頃から凄かった!放送事故や伝説のレシピについて

今回は料理愛好家の平野レミさんの若い頃についてみていきましょう。

平野レミさんの若い頃から凄かったという情報や、放送事故や伝説のレシピについても調べてみました。

平野レミの若い頃の画像

出典:【レミパン15周年】平野レミさん!料理愛好家で再デビューの1985年から振り返る

平野レミさんといえば、料理愛好家として有名ですよね。

多機能鍋「平野レミの鍋 ドゥ! レミ・パン」(通称「レミパン」)を発売するやいなや大ヒットとなりました。

さまざまな食材を使って料理するその姿と毒舌が視聴者にうけて、レミパンの累計販売個数150万個にもなりました。

そんな平野レミさんの若い頃を振り返っていきましょう

平野レミは若い頃から凄かった!

平野レミさんはその家系図の豪華さが有名です。

父方の祖父は、日本美術史家で法律家のヘンリイ・パイク・ブイさん。

この方は明治天皇から旭日勲二等を授与された偉人というから驚きです。

かなりの衝撃ですが、平野レミさんはクォーターで、祖父・ブイさんはスコットランド貴族だそうです。(貴族って・・・!笑)

さらにびっくりなのが、その先祖はナポレオン皇后と関係があるそうです。

そして平野レミさんの父・威馬雄さんは仏文学者で詩人、母方の祖母は昭和天皇の乳母だったそうです。

もうすごすぎて意味が分からないですね(笑)

出典:【レミパン15周年】平野レミさん!料理愛好家で再デビューの1985年から振り返る

平野レミさんの夫・和田誠さんの父親は元NHK大阪の放送局員で、舞台照明・音響効果を開拓した第一人者といえます。

実は平野レミさんはもともと歌手で、学生時代に父が紹介した日本オペラ界の重鎮・佐藤美子さんのもとで歌を習っていました。

銀座のシャンソン喫茶「日航ミュージックサロン」でデビューをかざると、レコードデビューも果たしています。

しかし自分が歌いたくない歌謡曲ばかりで嫌気が差し、歌手は一時休業します。

出典:【レミパン15周年】平野レミさん!料理愛好家で再デビューの1985年から振り返る

その後TBSラジオのディレクターから声がかかったことをきっかけに、愛川欽也さんと見城美枝子さん司会の『キンキン・ケンケンのそれ行け!歌謡曲』にレギュラー出演しました。

実はあとからこのオファーは間違いで、TBSのディレクターが辺見マリさんにオファーしたつもりが間違えたそうです。

しかしこれが吉となって公開放送コーナー『ミュージックキャラバン』で久米宏さんと組んだのが人気となりました。

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このときラジオで平野レミさんの声を聞いて恋に落ちたのが現在の夫・和田誠さんだそうです。

平野レミの若い頃の放送事故とは?

その後電撃婚した2人ですが、平野レミさんが料理番組に出演するようになったのは1980年代でした。

昔から料理が得意だった平野レミさんは、料理雑誌にエッセイを書くようになります。

そこから『きょうの料理』に出演し、最初に披露した料理でトマトを手で握りつぶしたそうです(笑)

出典:【レミパン15周年】平野レミさん!料理愛好家で再デビューの1985年から振り返る

まさかの出来事に視聴者からクレームが殺到し、プロデューサーから厳しく注意されたのですが、最終的には個性的な料理方法が視聴者にウケたみたいですね。

「生きる放送事故」として注目され始めた平野レミさんの暴走っぷりは、昔からおなじみだったようですね。

むしろ今のほうが大人しくなったとまでいわれているくらいですから、昔は本当に危なっかしかったというわけですね。

これからも末永く暴れてほしいです(笑)

平野レミの伝説のレシピ

平野レミさんは数々の伝説を作り出してきましたが、SNSで拡散された伝説の料理がもっとも有名ではないでしょうか。

茹でたブロッコリーを立たせてソースをかけ、倒木(笑

この映像はSNSで一気に広まり、「やりたい放題すぎてヤバイ!」「神ってる」「生きる放送事故」といったコメントに溢れていました。

レシピというかもはやアートに近いですね(笑)

平野レミの現在と若い頃を比較

平野レミさんはもう70歳なんですよね。あまりにも若くて、年齢不詳なことにびっくりする人も多いと思います。

笑ったときに少しシワが見えますが、普段はほぼシワが無いように見えますよね。

シワどころかたるみもまったくないので、整形疑惑さえ浮上していますが、性格的にあまり細かいことを気にしないでしょう。

人前に出る仕事をしているので身なりに気は使っていると思いますが、豪快な料理作りっぷりをみるとこの自由奔放っぷりが若く見えるのでしょうね。

平野レミさんは今でこそ料理愛好家として活躍していますが、結婚後は専業主婦をしていた時期もありました。

出典:【レミパン15周年】平野レミさん!料理愛好家で再デビューの1985年から振り返る

毎日、家族のために料理を作るので、より美味しい料理を作ろうと努力し、一気に腕をあげたそうです。

その事が今の仕事につながり、ある雑誌のリレー・エッセイいつも家族の為に作っている手料理のレシピを書いたところ、それが好評となりました。

そこから徐々に料理の仕事依頼が増えていきます。

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