前田美波里の若い頃が美人!派手で、ずいぶん年上に見られた?

今回は女優・前田美波里(まえだ びばり)さんの若い頃についてみていきましょう。

前田美波里さんんの若い頃が美人という情報や、派手でずいぶん年上に見られたという話しもありますが本当でしょうか?

前田美波里の若い頃について

前田美波里さんといえばアメリカ人の父親と日本人の母親の間に誕生したハーフの女優ですね。

もともと真剣にバレリーナを目指していたこともあり、卓越された美しさがありますよね。

今でも美しい前田美波里さんですが、若い頃はどんな感じだったのでしょうか。

前田美波里の若い頃の画像

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若い頃の前田美波里さんはかなり大人びており、とてもきれいでした。

ちなみに前田美波里は本名で、父方の祖母「ビバリー」から名づけられたようです。

「美しい波の里」の生まれ故郷・神奈川県鎌倉市にちなみ、漢字があてられました。

若い頃の画像をみていくとかなり美人だったことがわかりますね!

前田美波里の若い頃の活躍

前田美波里さんの父はアメリカ海軍の軍人だったので、母は前田美波里さんを妊娠したことをきっかけにアメリカに渡るつもりでしたが、両親に猛反対されます。

そのせいで父と母は別れ、前田美波里さんは母子家庭で育ちます。

そして1963年、文化学院在学中におこなわれた芸術座のミュージカル「ノー・ストリングス」の”ミス・ノー・ストリングス”で優勝します。

その後東宝現代劇第8期生として入団し、翌年ミュージカル「ノー・ストリングス」で初舞台となります。

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幼少期からバレエを習っていた前田美波里さんは、舞台にたつことに抵抗はなかったそうです。

前田美波里さんは幼少期、忙しい母にかわって祖父母に礼儀作法など非常に厳しく育てられたとか。

小学校は聖ミカエル学園という高速の厳しいところに通い、少学4年生の時にバレエをはじめます。

本格的に習っていたのですが、バレリーナになるために上京します。

バレエで成功できないのであればミュージカル!と思っていたのですが、日本ではあまり浸透していませんでした。

その後バレエ教室でスカウトされ、芸能事務所に所属することになります。

そして、1966年に出演した資生堂のイメージモデルに起用され、大ブレイクを果たします。

前田美波里の若い頃は派手で、ずいぶん年上に見られた

資生堂のサマー化粧品「ビューティケイク」のイメージモデルとなった前田美波里さん。

「太陽に愛されよう」のキャッチコピーでCM出演し、健康的な小麦色の肌でたちまちブレイクしました。

当時あまりいなかったハーフ顔の派手ないでたちだった前田美波里さんは、かなり年上に見られたそうです。

このときまだ高校2年だったわけですが、写真をみるとかなり大人っぽくて高校生とは思えないですよね!

前田美波里の現在と若い頃を比較

前田美波里さんの若い時の写真を見ていきましたが、とてもかわいらしいですよね!

エキゾチックな顔立ちとスレンダーボディで、世間にかなり強烈なインパクト与えていました。

そんな前田美波里さん、実はもうすぐ70歳というお年なのですが、全く見えませんよね!

その若さと美肌を保つ秘訣としては、温泉と体操だそうです。

これからも活躍していってほしいですね!

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