女優の大原麗子さんの若い頃に注目。
大原麗子さんの壮絶な生い立ちにも迫ります!
大原麗子の若い頃について
美人女優として華々しい活躍をされていた大原麗子さん。
そんな大原麗子さんは2009年8月3日、62歳で亡くなりました。
孤独死と報道されていましたが、華やかな芸能界に身を置いていても実は孤独だったという芸能界の闇を見た気がしました。
大原麗子さんの若かりし頃を振り返ってみたいと思います。
大原麗子の若い頃の画像
それでは大原麗子さんの若い頃の画像をご覧ください。
出典:https://matome.naver.jp
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お綺麗ですね~。
話し方はとても可愛らしく、明石家さんまさんや清水ミチコさんが物まねしていたことを思い出します。
大原麗子の若い頃の活躍
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大原麗子さんは東京放映の社長・大野直さんにスカウトされ芸能界入り。
本格的な女優デビューは1964年NHKのドラマ「幸福試験」でした。
その翌年東映へ入社。
高倉健さんの「網走番外地」シリーズ、千葉真一主演作品、梅宮辰夫さんの「夜の青春」シリーズなどの映画に次々と出演しています。
1971年東映と契約が切れたことを機にプロダクションに所属し、そこからテレビドラマにシフトチェンジしイメージも「しっとりとした日本的美人象」に一心しました。
そして大原麗子さんの代表作となったのが、NHK大河ドラマ「春日局」での主演。
女優として輝く一方バラエティー番組などでもお見掛けすることが多くなりました。
CMでも和服姿で甘えた声で「すこし愛して、ながーく愛して」という台詞が何とも愛らしく、大原麗子さんと言えばこのCMというイメージもつきました。
大原麗子の生い立ちが壮絶
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大原麗子さんは実のお父さんからDVを受けていて、顔が変形するほど腫れあがったという記憶も残っているそう。
両親が離婚して大原さんはお母さんに引き取られたのですが、弟はお父さんに引き取られたのでここで引き裂かれてしまいました。
シングルマザー家庭で貧しい生活だったけれど、お母さんは無理してでも大原さんにバレエを習わせていました。
バレエを続けていたことがのちに女優・大原麗子を誕生させました。
壮絶な生い立ちだった大原麗子さんは逆にそのことでハングリー精神を持ち、その恵まれた美貌も手伝い女優として開花したのだと思います。