大原麗子の若い頃が綺麗!【画像】死因は脳内出血?ギランバレー症候群ってなに?

2009年に62歳で亡くなってしまった、女優の大原麗子。

ドラマで見る大原麗子はとてもきれいでしたが、若い頃から非常にきれいな人だったそうです。

どれほどきれいだったのか気になりますよね。

また、病気治療のために芸能活動を休止していた時期もあり、つらい生活を送っていたようですね。

どんな病気だったのでしょうか。

そして、亡くなってしまった原因は何だったのでしょう。

今回は、大原麗子について調べてみました。

大原麗子の若い頃の綺麗な画像まとめ

出典:http://www.zakzak.co.jp/

様々なドラマで、艶やかな大人の女性を演じてきた大原麗子ですが、若い頃も非常にきれいでした。

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大原麗子の若い頃の写真をいくつか貼っていきます。


まずはこの写真。

モノクロでもきれいなのがわかりますね!!

まるでお人形のようです。


こちらは笑顔が素敵な1枚です。

何となく松嶋菜々子に似てるような気がします。

出典:https://www.news-postseven.com/

サングラスがよく似合っている写真ですね。

ファッションにも気を使っていたんでしょう。

凄く絵になる1枚です。


最後はこの1枚。

こんな目で見つめられたら目をそらしてしまいそうなほどきれいです!

大原麗子の若い頃がきれいだったのは事実でした!!

大原麗子の死因について

出典:https://www.asagei.com/

2009年8月に、自宅でなくなっているのを発見された大原麗子。

誰にも看取られることなく亡くなってしまったようですが、どんな病気で亡くなったのか、詳しく見ていきましょう。

晩年の闘病生活について

出典:http://iam-publicidad.org/

まずは、がんを患っていたことがありました。

大原麗子さんは47歳の時には乳がんの手術を受けた。

そして、大原麗子が1番苦しんだと思われるのが、ギラン・バレー症候群です。

どういった病気なのか、大原麗子はどんな生活をしていたのか、見ていきましょう。

1975年にギラン・バレー症候群を発症


大原麗子は、1975年に神経疾患であるギラン・バレー症候群の病気を発症します。

この病気は神経疾患なんですね。

一度は回復したものの、1999年11月から翌年にかけてギラン・バレー症候群がは再発したとして芸能活動を休止しています。

芸能活動ができないほどひどかったのでしょうか。

そして、さらに病気を抱えてしまいます。

活動休止中の事です、ギラン・バレー症候群の主治医が亡くなったあと、うつ病になってしまいます。

病気の主治医を亡くしてしまったことがショックだったのでしょうね。

自分の支えだったお医者様を亡くし、うつになってしまいます。

体も思うように動かず、そのうえ主治医を亡くして、辛かったでしょうね。

ギラン・バレー症候群とは

出典:http://kompas.hosp.keio.ac.jp/

では、そもそもギラン・バレー症候群とはどんな病気なのでしょうか。

ギラン・バレー症候群は、急性・多発性の根神経炎の一つで、主に筋肉を動かす運動神経が障害され、四肢に力が入らなくなる病気である。

引用:http://www.arsvi.com/

運動神経が侵され、腕や足がうまく動かせなくなる病気です。

力が入らないので、立っていることもままならないようですね。

重症の場合、中枢神経障害性の呼吸不全を来し、この場合には一時的に気管切開や人工呼吸器を要する。

引用:Wikipedia

重症化すると、呼吸不全ですか・・・

凄くつらそうです。

ギラン・バレー症候群の辛さはどのくらい?


ギラン・バレー症候群は珍しい病気で、年間の発病率は10万人当たり1~2人程度なんだそうです。

そんな病気ですが、どれほどつらいのでしょうか。

症状の程度は様々だが、運動神経の障害が主で初発症状は下肢の筋力低下から起こることが多い。

その後、下肢から体幹部に向かい左右対称性に筋力低下や麻痺が上行する。

四肢麻痺は、遠位筋に強く現れる。

呼吸筋の麻痺が発症すると人工呼吸器により呼吸管理が必要となることがある。

運動神経の障害が主であるが、軽度の感覚神経障害も発症する。

特に異常感覚や神経因性疼痛が多く支持療法が必要となることも多い。

引用:Wikipedia

見ているだけで辛そうな病気です。

自分で思うように体が動かせなくなっている恐怖はどれほどのものでしょうか。

しかも、徐々に進んでいくので、昨日は動かせたところが今日は動かなくなってる・・・

ということもあるのでしょう。

今まで動けていた自分が、徐々に動けなくなるなんて、考えるだけで怖いです。

感覚にも異常は出るらしいですよ。

感覚鈍麻、異常感覚、神経因性疼痛が高頻度に認められる。

痛みは90%近い患者で認められ、神経根痛や筋痛、関節痛などを訴えることもある。

引用:Wikipedia

体は動かないのに痛みだけは感じるということですね。

自分がもし発症したら、と思うと恐怖です。

大原麗子も辛かったでしょうね。

親友が明かした大原麗子の晩年の精神状態


大原麗子の親友で女優の鹿沼絵里らが、こんな話をしています。

大原が芸能活動をセーブすると、さらに鹿沼に依存してきた。

真夜中だろうとかまわず電話をかけてきては、一方的に自分のグチを聞かせる。

「古尾谷のことでも生き地獄なのに、まして子育ては1分でも寝られる時に寝ていたい‥‥そう告げたら、麗子さんは『あっそ!』と電話をガチャンと切ってしまいました」

大原の葬儀の場で、浅丘ルリ子は同じように「一方的な長電話」に苦しめられたと弔辞で述べた。

後見人だった森光子も、大原の晩年には縁を切っている。

引用:https://www.asagei.com/

病気のことで参ってしまって、相手のことが考えられなくなっていたのでしょうか。

また、こんなこともあったそうです。

鹿沼は、最後に食事した日のことを鮮明に覚えている。

ギランバレー症候群の再発だと口にしていたが、それ以上に自律神経に支障を来しているように見えた。

「スプーンがうまく握れず、テーブルに水たまりができるほど泣きっぱなしなんです。女優の“涙のスイッチ”とは違う号泣ぶりでした」

引用:https://www.asagei.com/

親友としても、大原麗子がまいってしまった姿を見るのはつらかったでしょうね。

2009年8月07日に自宅で警官が遺体を発見


大原麗子がなくなっているのを発見したのは家に訪れた警官や弟らでした。

2009年8月6日、連絡が取れず不審に思って警察に通報していた実弟によって、自宅で死亡しているのが発見された。

病気ということもあり、連絡は密に取っていたのでしょうか。

いきなり音信不通になって、不審に思った時には亡くなっていたんですね。

死因は不整脈による脳内出血


大原麗子の死因は何だったのでしょう。

行政解剖の結果、死亡推定時刻は同年8月3日

死因は不整脈による脳内出血であると判断された

不整脈が原因の脳内出血だったそうです。

しかし、大女優らしいというか、発見された時の大原麗子はきれいな状態だったそうです。

遺体は死後3日経っていたが、真夏に冷房なしの部屋で亡くなったにも関わらず、死臭や腐敗はなかったという。

引用:Wikipedia

最後まで、きれいな女優だったんですね。

元マネージャーが告白した大原麗子の孤独死の真相


病気のせいなのでしょうか、大原麗子は元マネージャーにこのように語っていたそうです。

亡くなる2年ほど前から、麗子さんは「カヨさん、私は死ぬときにはスーッと消えて、そのままいなくなりたい」って言うようになりました。

彼女は孤独に追い込まれたのではなく、自ら「孤高」を選んだのです。

引用:http://news.livedoor.com/

孤独死とセンセーショナルに報じられましたが、自分で、ひっそりと消えたいと望んでいたのですね。

死の直前・高倉健に見守られていた?

出典:https://luupy.net/

大原麗子と高倉健の関係について調べている人が多いようですね。

もともと大原麗子は、高倉健を慕っていたようですよ。

1965年に18歳で高倉健主演の映画『網走番外地』シリーズで初共演をして以来、高倉を尊敬する兄として慕っていた。

引用:Wikipedia

そして、遺品の中からこんなものが見つかったんだそうです。

大原の遺品の中から、高倉健の記事だけをまとめたスクラップが発見された。

そのスクラップには大きな文字で、「好きです。尊敬しています」と書かれていた。

引用:Wikipedia

それから、大原麗子の弟が、こんなことも明かしました。

大原さんが亡くなって少し経ってからDVDプレイヤー内のディスクを取り出してみると「チロルの挽歌」のDVDディスクが出てきたのです。

これは1992年に高倉健と大原麗子が共演したドラマです。

政光さんは「ずっと見てたんじゃないですかね」と語ります。

引用:https://blog.so-net.ne.jp/

高倉健の存在が、支えだったのかもしれないですね。

以上が大原麗子についてでした。

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