強面で「難波金融伝・ミナミの帝王」などのVシネマに出演し、哀川翔とともに「Vシネマの帝王」とも言われる竹内力さん。
一見怖そうで銀行を襲いそうなルックスの竹内力さんが若い頃は銀行員であったことや若い頃はイケメンだったなど、竹内力さんの意外な素顔を紹介します。
目次
竹内力の若い頃がイケメンでかっこいいと話題!【画像あり】
現在は強面キャラの竹内力さんですが、バラエティ番組などではお茶目な部分を見せるなど、少しずつキャラチェンジしている気もします。
ところが、実は竹内力さんは1991年放送のあの伝説ドラマ『101回目のプロポーズ』にバイオリニスト役で出演するなど、当時は超爽やかキャラで売っていたそうです。
ところが本人は『101回目のプロポーズ』出演について、
『101回目のプロポーズ』の時は、髪の毛を下げて好青年を意識して頑張っていました。
なんてったって、ストレスで「頭に十円ハゲ」ができたからね(笑い)。
田舎の友達からも似合わない役柄で気持ち悪いと言われるし、撮影では普通に歩くと「ガニ股」だと監督から言われるし、あれは非常に辛かったね。
控室にいる時点から…しんどかったわ!
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と語っていますから、性格的に爽やか青年はきつかったようです。
願力の強さは今と変わりませんが好青年のような顔です。
ハーフっぽい顔立ちに見えるけど、実際はどうなの?タイ人っぽいとの噂も?
竹内力さんは1964年1月4日に大分県佐伯市で生まれています。
顔立ちが日本人らしくなく、ハーフなのではないかと噂です。
身長は180cmで大柄ですし、竹内力さんと顔や雰囲気が似ている、今は亡き安岡力也さんはイタリア人ハーフでした。
そんなことから竹内力さんもタイ系のハーフではという噂もありますが、お父さんの名前は守人(もりと)さん。
残念ながら2015年の8月12日に83歳で亡くなられていますが、父も母も日本人のようです。
竹内力さんは
1人目の奥様とは、2000年になんと16歳も年下の女性と結婚され、子供もいるようですが、離婚。
そして 2人目の奥様とは、2010年に結婚しています。
2人目の奥様も10歳年下です。
年の離れた女性が好きなようです。
『ミナミの帝王』の萬田銀次郎は、自分に近かった?
あれは自分で作ったキャラクターだから。
監督に言われて演じたわけじゃないからね。
そのうち、漫画の方が俺の真似をするようになったんです。
漫画はメガネをしているけど、サングラスに変えて(笑い)。
服も漫画ではダサい昔のチンピラみたいな格好だったから、スーツも俺が選んだし、車も選んだ。
とやはり極道役の方が竹内力さんにとってもぴったりなのかもしれません。
若い頃はなんと、三菱UFJ銀行で銀行員として働いていた!
竹内力さんは闇金業の役をドラマでしていましたが、若い頃はなんと銀行員だったそうです。
「一切、勉学はできません。高卒ですから。
でもなぜか運良くいい担任と会いまして、そういう企業に推薦で入れました」
学生時代は決して素行の良い学生ではなかったようですが、職業は銀行員。
「世の中でいうと硬い(銀行)ですかね。
普通の銀行員は七三分けか、刈り上げてましたが、自分の場合は16のときからずっとパンチパーマとかリーゼントだったので、それでも入れた。昔はいい時代だった」
と、担任の先生の努力で入行しますが、態度は決して模範的ではなかったようです。
「会社ではスーツらしきものを羽織ってますが、ネクタイもしてなかった。袖もめくってやってました」
「リーゼントはしばらくしたら(文句を)言われなくなりましたね。“いらっしゃいませ”も“へい、らっしゃいませ”って言ってました」
地元の大分の支店勤務だったのかもしれませんが、大手都市銀行に勤務する銀行員には思えないルックスと態度だったようです。
三菱UFJ銀行の年収ってどのくらいなの?
就活サイトの情報によれば、三菱東京UFJ銀行の年収の平均は、838万円。
その年によって、差はあるようですが、だいたい787万円(最低)~1065万円(最高)のようです。
銀行員を辞めた後、ライブハウスでスカウトされ芸能界デビュー!
竹内力さんは異端児銀行員だったと紹介しましたが、銀行員を辞めてから、上京します。
「高校卒業後に勤めていた会社を辞めた後、空港で学生時代の先輩二人にばったり会ったんです。
先輩たちは東京で音楽をやっていて『東京、面白いぞ』って言うんですよ。
『お前、会社辞めるんだったら1回ぐらい東京来るか?』って誘われて思わず『行く行く!』って。
それで上京してしばらくしたら事務所の人に声を掛けられたんですね。
1カ月半ぐらい悩んだけど、何とかなるかと思ってこの世界に」。
最初は軽い気持ちでなんとかなるだろうということで始めた芸能界の仕事だそうです。
1985年にデビューし、映画やドラマで活躍していたが、97年に芸能事務所および映像製作会社「RIKIプロジェクト」を設立し、独立。
「独立して15年くらいはテレビの仕事はあえて出演しないという方針でした。
テレビでは、自分とは真逆の性格の役柄が多かったためストレスが溜まっていたし、ほかの俳優さんたちのように自分に合った役柄でどこまでいけるか勝負したかったから。
出演依頼が来なくても大丈夫なように製作会社の経営をしっかりやっておけば、生き残れるんじゃないかと」。
というように単純に憧れだけで東京にやってきて、そのまま芸能界を続けているわけではなく、竹内力さんはとても強いビジョンがあって、芸能界で活動しています。
若い頃の映画出演情報(代表作)についてもチェック!
竹内力さんの映画出演は、1986年大林宣彦監督で原田貴和子さんがヒロインの「彼のオートバイ、彼女の島」 で橋本巧(コオ)役でいきなり主演に抜擢されます。
大林監督が竹内力さんの役者としての強い思いに、
「この映画に出るのはキミの運命だ」
と大抜擢したそうです。
ミーヨ役の原田貴和子も冒頭でヌードになるなど体を張った演技を披露、(竹内力も)デビュー作でありながら、ちょっとキザで、さわやかな若者をちゃんと演じているのも好感が持てる。
この時期の角川映画に頻繁に出演し、本作にも巧の友人・小川敬一役として出演している高柳良一より圧倒的に場数が少ないのに、演技の面では、はっきり言って既に高柳より上手い。
ととても竹内力さんのデビュー作の演技には大絶賛されています。
さらに角川春樹事務所創立10周年記念作品「キャバレー」そして、「極道の妻たち」「湘南爆走族」「彼女が水着にきがえたら」など最近では「テルマエ・ロマエ」にも出演しています。
竹内力さんの銀行員時代やデビューの頃の若かりし頃について紹介しました。
現在は嫁の由紀子さんと2人暮らし。
俳優を辞めたいといいつつも、バラエティ番組に出演したり、バラエティ番組のMCを務めてみたりと大活躍の竹内力さん。
イケメン銀行員から転身したように、またキャラチェンジを狙っているかもしれません。