山口百恵の若い頃の画像。今現在の画像やキルト作家としての活動。自宅は国立市?

今回は元歌手・女優の山口百恵さんについてまとめてみました。

山口百恵の若い頃が可愛いと話題【画像】

山口百恵さんは、昭和を代表する伝説のアイドルとして有名でした。

昭和55年10月5日に日本武道館で引退コンサートを開催。

山口百恵さんがファンの前で歌うのはこの日が最後となりました。

最後のコンサートでステージ上にマイクを置く姿は社会現象にもなり、度々テレビで流されています。

伝説のアイドルとして語り継がれているくらいなので、山口百恵さんの若い頃が可愛いと話題になることも度々あります。

若い頃の画像を数枚紹介します。

デビューしたばかりの頃です。

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この頃はまだ初々しさが感じられます。

あどけなさの残る笑顔が可愛いですね。

基本的に曲も容姿も大人っぽいイメージでした。

雨の中で非常に大人っぽい表情をしています。

女優活動が歌の表現力に繋がっていったと言われています。

マイクを持つと非常に大人っぽいオーラがありますね。

若い頃のエピソード

ここからは、山口百恵さんの若い頃のエピソードを見ていきたいと思います。

愛人の子供として誕生

山口百恵さんの生い立ちは少し複雑です。

山口百恵さんの生い立ちは自身の本の中でも書かれていますが、愛人の子供として誕生しました。

父親の名前は久保茂さんというそうです。

山口百恵さんの母との間に籍は入っておらず、父親には本妻がいました。

父親は医者をしていたらしいですが、百恵さんの母に経済援助をせず、生活は苦しかったようです。

家庭が貧乏だったため歌手デビュー

家庭が貧乏だったため、山口百恵さんは沢山稼げる歌手デビューを目指しました。

母が内職で家計を支え、実の父が時折訪ねて来る生活。

山口百恵さん自身は、経済苦から逃れるためにデビューしたという見方をやんわり否定していますが、母親と妹に楽をさせてあげたいと思っていたのも事実でしょう。

若い頃からしっかりするしかなかったので、自立心の芽生えが早かったのでしょう。

13曲目『横須賀ストーリー』でシングルチャート1位を獲得

13曲目にあたる『横須賀ストーリー』でオリコンシングルチャート1位を獲得しました。

デビュー曲『としごろ』から第2弾『青い果実』、そして『ひと夏の経験』とアイドル路線では成功を収めました。

しかし、次のステップへ向けての路線が今ひとつ定まらないでいたのも事実です。

それを打ち破ったのが『横須賀ストーリー』(1976年)でした。

作詞・阿木耀子、作曲・宇崎竜童の夫婦が、山口百恵さんのアイドルからの脱皮に一役買ったと言えます。

『横須賀ストーリー』のヒットをきっかけに、その後も『阿木耀子&宇崎竜童コンビ』に楽曲提供を受けることになりました。

1976年9月発売の14曲目『パールカラーにゆれて』も1位

1976年9月発売の14曲目『パールカラーにゆれて』もオリコン1位でした。

父親とは現在絶縁

父親とは現在絶縁しているようです。

山口百恵さんが売れ始めると、父親が子供たちの親権を得るために訴訟を起こしました。

それだけではなく、次第に事務所にお金をせびりに来るようになったのもあり、最後は手切れ金を渡して縁を切ったようです。

なんかドラマに出てきそうな『ろくでもない父親』ですね。

絶縁するのも無理はないと思います。

山口百恵の現在について

ここからは、山口百恵さんの現在について見ていきたいと思います。

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現在の姿が劣化し過ぎと話題?【画像】

山口百恵さんの現在の姿が劣化し過ぎと話題になっていました。

貫禄というか、なんか迫力ありますね~。

ぽっちゃりとしてきて『オバチャン感』が出てきたような感じです。

もう一枚の画像です。

着ている服が悪いような気がします。

現在の自宅写真が流出?

上記画像が、流出したと言われる現在の自宅写真です。

まるで博物館のようなこの豪邸は、2011年12月にリフォームしています。

子供たちも独立するので、夫婦二人の生活に合わせて自宅に手を入れたと伝えられています。

地元の人には有名なお宅のようです。

しかし凄い豪邸ですね・・・。

美術館や図書館みたいな公共の建物のようにも見えます。

自宅は国立市

自宅の場所ですが、国立市にあるようです。

住まいは東京都23区内だったこともあるそうですが、子供の通学の都合などもあり、国立の住所へと戻っています

国立市付近のスーパーなどで買い物をする姿も目撃されているようです。

現在のテレビ出演は?

現在はテレビ出演は残念ながらしていないようです。

過去の映像が番組で流れる事があるだけです。

路上インタビュー等を受ける事がもしあれば、ワイドショーなどで流れるかもしれませんが。

女性自身編集部へ電話をしていた?

山口百恵さんが女性自身編集部へ電話をしていたという噂がありました。

『あの・・・、山口百恵のコラムを担当している記者さんはいますか』と電話がかかってきたのは、夜型の編集部内にはほとんど人けのない平日のお昼のことでした。

百恵さんが電話をしていたのは本当のようですが、女性自身編集部へ電話をしたのはかなり前(1979年)のことだそうです。

2013年に女性自身の『山口百恵担当記者』が初告白して明らかになりました。

電話の理由は?

電話の理由は何だったのでしょうか?

1979年当時、百恵さんのデビューからのファンだった福田雅夫記者が、『おせっかいレポート/山口百恵さん以外の人は読まないでください』と題された100行足らずのコラムを書いていたそうです。

その内容は、百恵さんがいちばん知りたい情報をレポートしていたそうです。

電話に出たのは、たまたま在室していた当時の編集長でした。

彼の不在を伝えると、『・・・私、実は山口百恵です、私も連載を楽しみに読んでいます』という返答が返ってきました。

いつも知りたい情報をレポートしてくれている記者さんに、感謝の気持ちを伝えたかったんでしょうね。

現在はキルト作家として活動

現在はキルト作家として活動しているようです。

山口百恵さんのキルト作品です。

作品展に出品するほどの腕前で、かなり夢中になっているようです。

現在は子供(息子が)2人

現在は息子が2人いて、どちらも30歳を超えています。

長男はミュージシャンの三浦祐太朗

長男はミュージシャンの三浦祐太朗(みうらゆうたろう)さんです。

アルバム『FLOWERS』の収録曲を中心に熱唱した祐太朗さんは、母・百恵さんの“恩人”である宇崎竜童&阿木燿子夫妻に新曲を書いてもらったことを告白しました。

息子を売り出す為に百恵さんが色々とバックアップしてくれているようです。

次男は俳優の三浦貴大

次男は俳優の三浦貴大(みうら たかひろ)さんです。

2010年、映画『RAILWAYS』で俳優デビュー。

2013年映画『永遠の0』、2015年映画『進撃の巨人』に出演。

2016年、映画『淵に立つ』、フジテレビドラマ『モンタージュ 三億円事件奇譚』などに出演。

色々な作品に出演しており、三浦貴大さんの俳優業は非常に好調のようです。

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